マウス大脳新皮質の神経細胞
サンプル詳細:カルシウムセンサー(G-CaMP/GCaMP)
観察手法 :多光子顕微鏡・正立・蛍光
観察倍率 :4X
撮影年 :2018
顕微鏡データ:動画
応募代表者:太田 桂輔
メンバー:村山 正宜(理化学研究所 脳神経科学研究センター)
脳の表面を覆う部位であり、知覚・認知・意思決定・運動・記憶・推論などの高次脳機能を司る。脳表面から深部方向に1~ 6層の構造を形成し、各層の細胞はそれぞれ異なる役割を担っていると考えられている。2/3層の興奮性細胞は大脳新皮質内の脳領域に軸索を伸ばして、その活動を伝達する。5層の興奮性細胞は皮質下核や脊髄にも軸索を伸ばしており、大脳新皮質の情報を皮質外にも伝える。
カルシウムイオンと結合すると蛍光強度が変化するタンパク質。本研究では神経細胞の活動電位によって細胞内に流入したカルシウムイオンを検出するために最適化されたカルシウムセンサーを利用している。神経細胞の蛍光強度の変化は、神経細胞の活動電位を反映する。
どちらも現実世界の複雑ネットワークに観測される特性である。ネットワークはノード(点)と、ノードとノードを結ぶリンク(線)で描かれる。スケールフリーネットワークにおいては、他のノードとあまり結ばれていないノードが多く存在する一方で、多数のノードと結ばれたノード(ハブ)がごく稀に存在する。スモールワールドネットワークにおいては、無作為に選ばれたノードのペアが、わずかな数のリンクとノードを介するだけで繋がることができる。スモールワールドネットワークにハブが存在することもあり、両者は相反しない。
一つの蛍光分子が二つの光子を同時に吸収して励起状態となる非線形光学現象(2 光子吸収過程)を利用した顕微鏡。励起効率が光子密度の二乗に比例するため、光子密度が高い対物レンズの焦点でのみ蛍光分子を励起できる。近赤外線超短パルスレーザーを光源として用いることで、生体深部の蛍光分子の観察が可能となる。
大脳新皮質には視覚、聴覚、体性感覚、味覚を表現する感覚性皮質(一次感覚野、その高次感覚野)、随意運動に関わる一次運動野や高次運動野、感覚と運動の統合や認知・意思決定・記憶などに関係する連合野(前頭前野を含む前頭連合野、頭頂連合野、側頭連合野など)が存在する。大脳新皮質には機能局在性(各脳領域ごとに異なる機能を有する)があると考えられている。
ここでは光学的な空間分解能を意味する。空間解像度が高いほど、より小さい対象物を識別できる。2光子顕微鏡においては、焦平面方向(XY方向)よりも光軸方向(Z方向)の空間解像度が低下する。光軸方向の空間解像度を高めることが単一神経細胞を観察するために欠かせない。
レンズの空間分解能を定める主な指標。基本的には高いNAを有するレンズを利用することで、より明るく、鮮明な像が得られるが、収差のあるレンズではこの限りではない。
光学系において理想的な結像からのずれを意味する。収差には5種類の単色収差の2 種類の色収差がある。収差が大きいと観察像にボケやゆがみが生じてしまう。
励起光路において対物レンズ直前に位置するレンズ。スキャンレンズは、走査ミラーで反射されたレーザー光を一定のスポットサイズで焦点面に光を集める役割を果たす。チューブレンズは、スキャンレンズを通過した光を平行光線として対物レンズに伝播させる。無限遠補正光学系が実現され、チューブレンズと対物レンズの間にダイクロイックミラーなどの光学機器の挿入が可能となる。
光電効果により光を光電子に変換し、その電子数をダイノードを利用して増倍させることで微小な光を検出する装置。
2光子励起顕微鏡では対物レンズの焦点において高い光子密度を実現するために超短パルスレーザーが光源として利用される。パルスレーザーから出力されるパルス状(高強度かつ短い時間幅)の光を励起パルスと呼ぶ。
2光子励起のための超短パルスレーザーは、標本に照射される前にさまざまな光学素子を通過する。この過程でパルス幅が歪んでしまい励起効率が低下する。プリチャープ機構はこの歪みを補正して、本来の励起効率を実現可能とする。
Q1 1万6,000個以上もの細胞を1視野で観察できたということですが、観察、また画像解析を行う上で苦労された点などありますでしょうか。
カルシウムセンサーを広範囲かつ高密度に発現させる手法を立ち上げることに大変苦労しました。顕微鏡を開発した当時はカルシウムセンサーを明るくかつ高密度に発現した遺伝子改変マウスは存在しなかったため、あらゆる遺伝子導入方法やベクターを試しました。また、撮像動画から単一神経細胞を検出することにも苦労しました。従来の細胞検出法はFASHIO-2PMで取得されるような大規模データへ適用されることは想定されていませんでした。計算コストを押さえつつ、正確に細胞を検出する細胞検出アルゴリズムを構築する必要がありました。
Q2
今回発見されたハブ細胞が、協調的な働きかけをする細胞との距離に限界はあるのでしょうか?
また今後ハブ細胞について、どのようなアプローチで研究を進めていかれるのでしょうか。
安静時の動物においては、ハブ細胞・非ハブ細胞ともにペアとなる細胞との距離が大きくなるにつれて協調的な活動は減少する傾向にあります。ただし、脳全体がより協調的に働く状況、例えば動物が課題を遂行しているときの活動を観測したならば、遠く離れた脳領域に存在する神経細胞群がより協調的に活動するかもしれません。今後は行動課題時の神経ネットワークのダイナミクスを評価するとともに、ハブ細胞の機能、形態、そしてそれらを運命づける遺伝的な特性を明らかにしたいと考えています。
Q3 広視野2光子顕微鏡により新たな知見が多く得られたということですが、この顕微鏡を用いて今後挑戦してみたいことはなんでしょうか。
FASHIO-2PMでは光学顕微鏡の基本である対物レンズと光検出装置の性能を向上することで広視野・高解像度イメージングを実現しているため、高い拡張性を持ちます。様々な顕微鏡技術を組み込むことも容易であり、多種多様なサンプルの観察も柔軟に対応できると考えられます。今後は神経科学だけに留まらず、免疫、がん、植物などの生物分野において大規模観察に挑戦し、さらに工学、情報科学とも結びつくことで、これまでの仮説に頼らないデータ駆動型研究を各分野にもたらすことを目指したいと考えています。