関節破壊を惹起する悪玉破骨細胞の同定 拡大
関節炎において
骨髄内とは異なる前駆細胞が
病的な破骨細胞へ分化する様子を可視化した

マウス(DBA1/J)由来炎症関節

サンプル詳細:青:second harmonic generation(線維組織)
方法等    赤:AF647(血管)
       緑:CX3CR1(破骨前駆細胞)
観察手法  :二光子励起顕微鏡、倒立、蛍光
観察倍率  :25X
顕微鏡データ:静止画

長谷川 哲雄川崎市立川崎病院 リウマチ膠原病内科 副医長
関節破壊を惹起する悪玉破骨細胞の同定
2020 特別賞

受賞コメント

長谷川 哲雄 副医長

長谷川 哲雄 副医長

この度は栄誉ある NIKON JOICO AWARD 特別賞に選出頂き、大変光栄に存じます。

「百聞は一見にしかず」と言うように、生体内の現象をありのままに映し出すイメージング技術は、時に多くの数値データ以上に説得力を持って病態の真実を私達に訴えかけます。

日々膠原病患者さんの診療に携わる私にとり、病的な関節破壊が燃え盛る炎のように惹起される瞬間を生体内で捉えた時の驚きと興奮は、そのまま病気の根治を目指す研究のモチベーションへと繋がっています。

今回の受賞を励みに、自己免疫疾患の病態解明にさらに邁進していきたいと思います。

研究の概要

生体内で唯一骨を吸収する能力を持つ破骨細胞1は、平常時は骨髄内で生理的な骨の新陳代謝に関わる一方、関節リウマチでは炎症関節で病的な骨破壊を惹起する。 本研究は、これら病的な破骨細胞が「どこで」「どのようにして」形成されるのか明らかにすべく、シングルセル遺伝子発現解析2や二光子励起顕微鏡の技術を組み合わせることで、生体内で病的な関節破壊が起こるプロセスを詳細に解析・可視化したものである。
1. Tetsuo Hasegawa, Junichi Kikuta, Takao Sudo, Yoshinobu Matsuura, Takahiro Matsui,
Szandor Simmons, Kosuke Ebina, Makoto Hirao, Daisuke Okuzaki, Yuichi Yoshida,
Atsushi Hirao, Vladimir V. Kalinichenko, Kunihiro Yamaoka, Tsutomu Takeuchi, Masaru Ishii
Identification of a novel arthritis-associated osteoclast precursor macrophage regulated by
FoxM1. Nature Immunology. 2019, 20(12), doi: 1038/s41590-019-0526-7

2.Tetsuo Hasegawa, Junichi Kikuta, Takao Sudo, Erika Yamashita, Shigeto Seno,
Tsutomu Takeuchi, Masaru Ishii
Development of an intravital imaging system for the synovial tissue reveals the dynamics of
CTLA-4 Ig in vivo. Scientific Reports. 2020, 10(1), doi: 1038/s41598-020-70488-y

用語解説

1.破骨細胞

生体内で骨を溶かす能力を持つ唯一の多核細胞であり、単球マクロファージ系の前駆細胞が分化・融合して形成される。生理的環境下では骨の内側(骨髄)に存在し、骨の新陳代謝に関わる一方、関節リウマチでは骨の外側から関節骨を破壊し不可逆的な機能障害を引き起こす。

2.シングルセル遺伝子発現解析

微量でそのままでは解析できない遺伝子を増幅することで、1 つの細胞の発現遺伝子を網羅的に調べる解析手法。

3.軟骨

関節を包む関節包の内側に存在する膜であり、生理的環境下では関節液を産生することで関節の円滑な運動をサポートする。一方関節リウマチでは、炎症を起こして顕著に腫大し、病的な骨破壊に関与する。

4.パンヌス

関節リウマチにおいて、関節の滑膜組織は炎症を起こして腫大し、骨との接触面に炎症性の肉芽組織を形成する。これをパンヌスとよび、骨や軟骨に浸潤し関節破壊の原因となる。

5.軟骨

骨の関節面を覆う弾力性のある組織で、関節のクッションとして働く。

6.骨髄キメラマウス

放射線照射や化学療法後に骨髄移植を行うことで、骨髄細胞を他個体由来の骨髄細胞で置換したマウス。特定の細胞や病態が骨髄細胞に由来・惹起されるか評価する際に用いられる。

7.マクロファージ

白血球の 1 種で、全身の組織に広く分布し、主に体内の死細胞や侵入した細菌の消化・貪食に関与する。一方、周囲の微小環境に応じて多彩な機能を獲得し、骨髄では破骨細胞、肝臓ではクッパー細胞、脳ではミクログリアなど各臓器に特異的な特徴を保有する。

8.骨髄細胞

骨の内側にある骨髄に存在する細胞。造血幹細胞に由来する血液細胞や、間葉系の細胞が含まれる。

9.多光子励起顕微鏡

蛍光物質は、通常 1 光子により励起され蛍光を発するが、波長が 2 倍、すなわちエネルギーが 1/2 の光子を 2 個同時に当てて励起させる 2 光子励起過程を用いた顕微鏡。長波長光を用いることで、組織の深部まで低侵襲で到達し蛍光物質を励起することが可能になり、生体イメージング研究において重要なツールとなっている。

10.CX3CR1

ケモカインの一種である CX3CL1 の受容体であり、フラクタルカイン受容体とも呼ばれる。単球マクロファージ系の細胞や一部のリンパ球の表面マーカーとして主に用いられる。

Q & A

Q1 なぜ血管から流入した骨髄細胞と、常在性マクロファージの性質が異なるのですか ?

破骨細胞へ分化するためには、receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand(RANKL)と macrophage colony stimulating factor(M-CSF)の二種類のサイトカインによる刺激が必須ですが、滑膜表層の常在性マクロファージには M-CSF の受容体である CSF1R が発現しないことが報告される一方、血液から流入した単球・マクロファージ系細胞には CSF1R が発現しています。この相違や、エピジェネティックな制御を含め多彩な要素が破骨細胞への分化能に関与していると思われます。

Q2 イメージングにおいて、先生が最も苦労された点はなんでしょうか。

炎症を起こしたマウスの関節組織は、血流に富み多彩な免疫細胞の浸潤により腫大するため、膝や足関節のイメージングでは滑膜 - 骨境界領域まで二光子励起顕微鏡で可視化することができません。よって、第 3 中手指節間関節という非常に小さな関節をマイクロ剪刀を用いて低侵襲に露出させる手技の構築や、呼吸による視野の変動を最低限にするプロセスに苦労しました。

Q3 今回の研究成果をふまえ、新たな関節リウマチの治療へとつなげるために先生が今後期待されることはなんでしょうか。

関節組織のイメージング技術の向上や、破骨細胞の骨吸収能を可視化する新たな蛍光プローブの開発により、より正確に病的な破骨細胞の挙動が明かされることで、炎症性骨破壊を特異的に制御する治療が可能になると期待しています。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 関節リュウマチにおける主要な病変部である滑膜において、破骨細胞の前駆細胞の動態や滑膜組織の再編成の過程を個体レベルで可視化する技術を開発した点は学術的に高く評価できる。
  • 解像も高く美しい。
  • 迫力と躍動感があり、強いインパクトを感じる。
  • 躍動感と破壊の圧力が絶妙に表現されていて、研究者の興奮が伝わるようである。
    とにかく力強さを感じる。
  • 燃える赤い炎の中に飛び散る緑の火の粉のような描写がきれい。関節炎症のイメージングにも相応しい。