ラット由来脳(海馬 CA1 野)
サンプル詳細:カルシウム蛍光指示薬(Fluo-4)
観察手法 :共焦点顕微鏡、正立、蛍光
観察倍率 :60X
撮影年 :2019
顕微鏡データ:動画
石川 智愛 助教
新たな記憶の形成時に観察された神経細胞の発火パターンがその後の安静時や睡眠時に繰り返されること。記憶再生と記憶再生時によく観察される脳波が記憶を長期的に保存する上で重要な役割を担うと考えられている。
特定のシナプスが同じ順番でシナプス入力を受けること。本研究では、上流のニューロン集団で生じた記憶再生が下流のニューロンにおいてシークエンス入力として受容されることを発見した。
安静時や睡眠時に観察される脳波の一種。2-30 Hz の SW と 125-250 Hz の ripple の組み合わせによって構成される。SW ripple と記憶再生は密接な関係にあり、どちらも記憶を長期的に保存する上で重要な役割を持つと考えられている。
樹状突起上に存在する突起状の構造物で、主に興奮性シナプスの後部(受け手)として働く。シナプス前部から神経伝達物質が放出されると、スパインに存在する受容体に結合し、ナトリウムイオンやカルシウムイオンが流入することで下流のニューロンの発火に貢献する。
脳内では神経細胞が互いに結合し、ネットワークを形成している。そのネットワーク内で情報が伝達されていくが、情報の送り手を上流のニューロン、受け手を下流のニューロンと呼ぶ。
神経細胞間で情報を伝達する際のルール。今回新たに発見したシークエンス入力は効率よく細胞体を活性化させると想定されるため、例えばニューラルネットワークに組み込むことで、より脳に近いシステムの構築につながると期待している。
上流のニューロンが発火するとシナプス前部から神経伝達物質が放出され、受け手側(下流)のシナプス後部に存在する受容体に結合するとイオンが流入する。これをシナプス入力とよび、今回の実験では興奮性伝達によるカルシウムイオン流入を蛍光強度変化として捉えている。
ニポウディスク式のスキャナと CMOS カメラを組み合わせることによって、高速かつ広視野でシナプス入力を捉える手法。平均 200 以上のスパインから 100 Hz での撮影は現時点では世界最大数かつ最速である。
ニポウディスクはらせん状に穴の空いた円盤で、これを高速回転させることでレーザーを分割し、多数の点から同時に記録することができる。ニポウディスク式の共焦点顕微鏡を用いることで、高速かつ広視野で、褪色の少ないイメージングが可能になる。
他のニューロンから受けるシナプス入力などによって細胞膜の電位が変化すること。興奮側に傾くことを脱分極と呼び、ある閾値に達すると発火に至る。
細胞膜は通常、負に帯電している。興奮性のシナプス入力を受けることによって膜電位が 0 に近づくことを脱分極と呼ぶ。脱分極の程度がある閾値に達すると発火し、さらに下流のニューロンへと情報が伝達される。
Q1 どのような実験系を組まれたのでしょうか ?
今回の実験は海馬を 300 µm の厚さにスライスし、10 日から 20 日程度培養しました。海馬培養スライスの CA1 野の錐体細胞に電極を密着させセルアタッチ記録を行い、その後陰圧をかけることで細胞の膜に穴を開けます。このとき対象とする神経細胞の周囲 50 µm 程度にもう一本の電極を置き、局所場電位も記録しました。細胞膜に穴が空くと電極に入っていたカルシウム蛍光指示薬が細胞へと広がり、カルシウム濃度変化を捉えることが可能になります。シナプス入力を捉えた後は観察された画像の上に手作業で観察領域を設定し、蛍光強度変化を計算しました。
Q2 今回発見された細胞選択的なシークエンス入力の制御メカニズムはなんでしょうか ?
とても重要な質問なのですが、答えはわかっていません。上流のニューロンと下流のニューロンの結合様式が深く関わると考えられますが、どのような細胞同士がシナプスを形成するのかに関しても明らかになっていないことがたくさんあるからです。また、ニューロンは今回観察した興奮性の入力(脳内のアクセルとして働く)だけでなく、抑制性入力(脳内のブレーキ)なども受け取っているのですが、抑制性入力による調節も存在するのではないかと考えています。
Q3 今回得られた知見と、記憶障害等の疾患との関連性で分かっていることはありますでしょうか。
シークエンス入力は一部の細胞のみで観察されたことから、シークエンス入力の存在が細胞選択的な発火パターンの形成に重要な役割を果たすのではないかと考えています。そのため、シークエンス入力を阻害すると記憶障害なども生じる可能性が高いと推測されますが、シークエンス入力自体が発見されたばかりの現象ですので阻害した実験などは報告されていません。今後、新しい技術などを導入し、シークエンス入力の機能にも迫っていければと考えています。