細胞内を伝搬するカルシウムダイナミクスがミリ秒で瞬間的に固定された。
由来種
:Wisterラット
器官・組織・細胞(株)名
:心筋細胞
染色・ラベル方法等
:オレンジ(Fluo-4):カルシウムイオン
顕微鏡の種類
:倒立
観察手法
:蛍光
対物レンズ
:60倍
作品画像取得年
:2023
辻 康介 大阪大学 大学院工学研究科 物理学系専攻 博士後期課程 3年
心筋細胞内カルシウムダイナミクスの瞬間凍結
2025 特別賞

受賞コメント

辻 康介
この度は栄誉ある賞を賜り、誠に光栄に存じます。
カルシウムウェーブが瞬間的に固定される様子に、審査員の皆様に驚きを感じていただけたことを大変嬉しく思います。
急速凍結法は古くから生体試料の固定に用いられてきましたが、細胞内ダイナミクスが固定される瞬間を直接捉えて示したのは、本研究が初めてだと考えています。
今後も皆様を驚かせるような顕微鏡技術の開発を進めてまいります。

研究の概要

光学顕微鏡は、生命科学や医学の研究において最も幅広く利用されている観察手法の一つです。
近年の光学および計測技術の進展により、二光子励起顕微鏡1、蛍光寿命イメージング顕微鏡2、超解像顕微鏡3 などの高度な技術が実用化され、細胞内の構造や機能を高精度に可視化することが可能となってきました。
しかし、細胞内で生じる形態変化や分子状態の変化、さらにはイオン濃度4分布の変動を伴う生命現象を、高い精度で捉えることは依然として困難です。
このことは、動的な現象の観察においては、露光時間が制限されるために十分な信号量が得られないことに起因します。
そこで本研究では、顕微鏡観察中の細胞を任意のタイミングで瞬時に凍結し、その状態を低温下で高精度に計測できる顕微鏡技術を開発しました。
動的な現象を任意のタイミングで停止させ、十分な量の信号量を検出することにより、生命活動の特定の瞬間を高精度に観察可能にします。
K Tsuji, et al.
Time-deterministic cryo-optical microscopy.
Light: Science & Applications. 2025, 14(275),
doi: 10.1038/s41377-025-01941-8

研究メンバー

藤田 克昌
大阪大学 大学院工学研究科 教授
山中 真仁
大阪大学 大学院工学研究科 特任准教授(常勤)
熊本 康昭
阪大学 先導的学際研究機構 准教授(大学院工学研究科 兼任)

用語解説

1.二光子励起顕微鏡

近赤外パルスレーザーを用い、焦点付近の高い光強度で起こる二光子吸収により蛍光分子を励起する蛍光顕微鏡。
励起が焦点近傍に局在するため、背景光を低く抑えられる。
厚い試料でも高コントラストに観察でき、深部観察に用いられる。

2.蛍光寿命イメージング顕微鏡

蛍光の明るさではなく、励起から発光までの時間(蛍光寿命)を画素ごとに測定する手法。
プローブ濃度や励起強度ムラ、褪色の影響を受けないため、pH・イオン濃度・温度など環境変化に伴う蛍光寿命変化を利用した定量に適する。

3.超解像顕微鏡

従来の光学顕微鏡の限界を超えた空間分解能で試料を観察できる顕微鏡。
蛍光顕微鏡で多くの手法が報告されており、代表的な手法に、誘導放出制御(STED)顕微鏡、単一分子局在化(single molecule localization)顕微鏡、構造化照明(SIM)顕微鏡などがある。

4.イオン濃度

溶液や細胞内に含まれる特定イオンの量を単位体積あたりで表したもの。
細胞の電気活動、酵素反応、収縮など多くの生命現象を制御する。
蛍光プローブを用いることで、濃度の時間変化や空間分布を可視化・定量できる。

5.凍結固定

生体試料を急速に冷却して凍結し、分子分布や細胞構造を観察状態に近いまま固定する手法。
水をガラス化(非晶質化)させることで氷晶形成を抑え、構造損傷を最小化できるため、クライオ電子顕微鏡用の試料作製に用いられる。

6.高空間分解能

細かな構造を観察する能力が高いこと。
一般に空間分解能は、対物レンズの集光角と、試料と対物間媒質の屈折率により規定される。
実効的な空間分解能は信号対雑音比にも依存し、信号対雑音比が低下しやすい高速イメージングでは実効空間分解能が低下する。

7.心筋細胞

心臓の収縮を担う筋細胞。
活動電位に伴うCa2+流入と筋小胞体からのCa2+放出で細胞内Ca2+濃度が上昇し、これが引き金となってアクチン‐ミオシン相互作用が進み、収縮・弛緩の周期運動(拍動)が生じる。

8.Fluo-4

生体試料内のCa2+を検出できる蛍光プローブ。
Ca2+濃度が高いと結合して蛍光を発し、低いと解離して蛍光が弱くなるため、カルシウムイオン濃度の時空間変化を測定できる。

9.イソペンタンとプロパンの混合液

イソペンタンとプロパンを混合した極低温の液体寒剤。
液体窒素とは異なり沸点が高いため、生体試料に接触させることで、急速凍結し、試料の構造を凍結固定することができる。
電子顕微鏡観察用の生体組織の凍結切片作製に用いられる。

10.信号対雑音比

測定で得られる信号強度(S)とノイズ成分(N)の比(S/N)。
蛍光顕微鏡などの光計測では、信号は観察対象からの蛍光であり、ノイズには光子数の統計ゆらぎに由来するショットノイズや、検出器由来の暗電流ノイズ・読み出しノイズなどが含まれる。

11.光刺激

細胞などの試料に光を照射し、その光照射に応じた応答を誘起する手法。
たとえば、光に応じてCa2+を放出する試薬を細胞に導入し、その細胞に光を照射すると、特定の部位やタイミングで細胞内Ca2+濃度を変化させることができる。

12.カルシウムイメージング

Ca2+を検出できる蛍光プローブを細胞内に導入し、細胞内Ca2+濃度の時間変化や空間分布を可視化する手法。
心筋細胞の拍動や神経細胞の発火に伴うカルシウム応答など、ミリ秒から数十ミリ秒スケールのダイナミクス解析に用いられる。

13.アクチンフィラメント

細胞骨格を構成する主要な繊維状タンパク質。
細胞形状の維持、細胞移動、細胞分裂、筋収縮などに関わる。
収縮は主にミオシンとの相互作用で生じ、Ca2+はその制御に関与する。

14.マルチモーダル観察

複数の顕微鏡法を組み合わせて同一試料を解析すること。
各手法で得られる情報を統合することで、単独の観察では得られない多面的な解析が可能になる。
例えば、蛍光顕微鏡では標識した分子やイオンの分布を、ラマン顕微鏡では酸化還元などの化学状態を評価でき、互いの強みを補完できる。

15.構造化照明顕微鏡

正弦波状の強度分布をもつ光で試料を照明し、照明パターンと蛍光分子分布の干渉で生じるモワレ(低周波成分)を解析して、超解像成分を抽出する方法。
特殊な蛍光プローブをなしに超解像イメージングを実現できる。

16.レシオメトリックカルシウムプローブ

2蛍光波長の比(レシオ)でCa2+濃度を定量する蛍光プローブ。
蛍光波長の比をとることにより、蛍光プローブの濃度や励起光の強度ムラなどの条件をキャンセルでき、正確なCa2+濃度を計測できる。

17.定量計測

計測対象の物理量を絶対量として求めること。
信号と物理量の対応関係を示す検量線に基づいて、信号を物理量へ換算する。
蛍光顕微鏡によるカルシウム濃度計測では、たとえばレシオメトリックカルシウムプローブを用い、蛍光強度比とCa2+濃度の検量線から絶対濃度を算出する。

18.ラマン顕微鏡

レーザー照射で生じるラマン散乱スペクトルを画素ごとに取得し、化学組成や分子状態の空間分布を画像化する顕微鏡。
ラマン散乱は分子振動に由来するため、試料中の分子種の識別や、酸化還元などの化学状態の評価に利用できる。

19.クライオイメージング

凍結・低温環境下で試料を観察すること。
試料の動きが抑えられてモーションブラーが軽減されるため、露光時間を延ばして信号量を増やし、信号対雑音比を高められる。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 躍動感のあるカルシウム伝搬がとても興味深い。
  • マジックのように細胞内を流れるCa2+ 波が一瞬で停止しており、非常にインパクトがある作品。
  • 生細胞のカルシウムウェーブを瞬間凍結で固定する瞬間が捉えられており、極めて興味深い作品。
  • 液体寒剤投与でカルシウム濃度勾配が固定されることが鮮明に解る。