タケ類てんぐ巣病菌に寄生されたハチクの花芽 拡大
宿主植物組織内の菌体を明確に識別して、タケ類てんぐ巣病菌のハチクの花芽における子座形成部位がわかった。
由来種
:ハチクとタケ類てんぐ巣病菌
器官・組織・細胞(株)名
:ハチクの小穂
染色・ラベル方法等
:青(DAPI):DNA
黄緑(WGA-Alexa fluor 488 conjugate):菌体
黄:花粉自家蛍光
赤(Trypan Blue):セルロース
顕微鏡の種類
:正立
観察手法
:蛍光
対物レンズ
:10倍
作品画像取得年
:2023
田中 栄爾石川県立大学 環境科学科 教授
タケ類てんぐ巣病菌に寄生されたハチクの花芽
2025 芸術特別賞

受賞コメント

田中 栄爾
このたびは芸術特別賞に選出いただき、大変光栄に存じます。
とくに芸術性を評価していただけたことを一観察者としても嬉しく思います。
本作品は顕微鏡観察時にフィルターを通して見える色彩をそのまま用い、特別な加工はしていません。
接眼レンズ越しに見た瞬間や、合成画像をディスプレイ上で見た際の感動は、印刷では十分に伝えきれませんでした。
この作品を通して、植物寄生菌の世界に多くの方が興味を持ってくだされば幸いです。

研究の概要

120 年ぶりに一斉開花したハチクの花芽にタケ類てんぐ巣病菌(Aciculosporium take)の子座(胞子を作るための器官)が発見された。
本菌を含むバッカクキン科(子嚢菌類)の植物寄生菌の多くは、イネ科植物の花の子房1に侵入して子座を形成する。
しかし本菌は、宿主植物の生長点組織内に生育し、通常は徒長したシュート2 の先端(生長点がある茎頂)に子座を形成するという特異な生活史をもつ。
本研究では、滅多に開花しないハチクの花芽において、本菌がどのように振る舞うのかを明らかにすることを目的とした。
繊細で脆い花芽の構造を壊すことなく観察するため、パラフィン包埋組織の切断面をセロハンテープに接着しながら薄切切片を作製した。
この切片に蛍光三重染色3を施すことにより、植物組織と菌体を異なる蛍光で発光させ、落射蛍光顕微鏡下4で両者を明確に識別することができた。
その結果、本菌は花芽においても子房には侵入せず、先端の不完全小花5の組織内で生育し、茎頂付近から植物体外に子座を形成することが明らかになった。
この観察結果から、本菌は通常開花しないタケ類に適応する過程で、宿主植物の子房に寄生する能力を失い、茎頂で子座を形成する生活様式へと進化した可能性が示唆された。
Eiji Tanaka, Joji Mochizuki.
Henon bamboo flowering recorded first time in 120 years revealed
how Aciculosporium take affects the floral organs of the host.
Mycoscience. 2024, 65(5), doi: 10.47371/mycosci.2024.06.001

用語解説

1.子房

子房(ovary)は、被子植物の雌しべの基部を構成する器官で、内部に胚珠(ovule)を含む。
イネ科植物では1個の胚珠をもち、受精後に子房が発達して穎果を形成する。

2.シュート

シュート(shoot)は、植物の地上部を構成する単位で、茎と葉、およびそれに付随する芽からなる。
イネ科植物では、節と節間をもつ茎と葉鞘・葉身から構成され、分げつとして増殖し、生殖成長期には花序を形成する。

3.蛍光三重染色

異なる波長特性をもつ3種類の蛍光物質を用いて、同一標本内の異なるターゲットを同時に標識する手法。
各蛍光色素に対応した3種類のフィルターを用いて画像を取得する。

4.落射蛍光顕微鏡

励起光と蛍光の検出光が同一の対物レンズを通過する方式の蛍光顕微鏡。
試料上方から励起光を照射し、発生した蛍光のみを検出する。
切片試料の表面付近の情報を高コントラストで取得できるため、組織内における菌糸分布の局在解析に適している。

5.小花

イネ科植物の小花(floret)は、その基部を外穎(lemma)と内穎(palea)に包まれる。
タケ類では、花弁が退化したものと考えられる3枚の鱗被、3本の雄しべ(stamens)、および1本の雌しべ(pistil)からなる完全小花と、雌しべや雄しべが退化した不完全小花が存在する。

6.内生菌

内生菌とは、植物組織内に定着し、宿主に対して顕著な病徴を示さない微生物の総称である。
タケ類てんぐす病菌の場合、シュートが細く徒長し、繰り返し分岐する「てんぐ巣」症状を引き起こすほか、宿主外部に子座を形成するため、完全な内生菌には該当しない。

7.頂芽優勢

頂芽優勢とは、シュート先端に位置する頂芽の成長によって、下位にある側芽の伸長が抑制される現象である。
この現象は主にオーキシンによって制御される。

8.花序

花序(inflorescence)とは、シュート頂分裂組織が栄養成長から生殖成長へ転換することによって形成される花の集合体である。
複数の花が一定の様式で配列した構造を示し、イネ科植物では小穂が集合して花序を構成する。

9.小穂

小穂(spikelet)は、イネ科植物の花序を構成する基本単位であり、タケ類ではおおむね2~4個の小花(floret)が軸上に配列する。
通常、小穂の基部は2枚の包穎(glume)に包まれるが、ハチクでは包穎は1枚である。

10.セルロース

セルロースは、β-1,4結合によってグルコースが直鎖状に連結した多糖であり、植物細胞壁の主要な構成成分である。
一方、真菌類の細胞壁の主要成分は、N-アセチルグルコサミンがβ-1,4結合で直鎖状に連結した多糖であるキチンである。

11.菌糸侵入機構

菌糸侵入機構とは、真菌類が植物組織内へ侵入する際の物理的・化学的プロセスを指す。
付着器による物理的穿孔、多糖分解酵素(セルラーゼ等)による細胞壁成分の分解、あるいは気孔や損傷部からの受動的侵入など、さまざまな戦略が知られている。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 植物のシルエット、染色されたカラーが美しい。美術作品としてのポテンシャルを感じる。
  • 美しい色彩でとらえられた花芽は人工物では決して表現できない自然物特有の美しさが際立った一枚。
  • 生命力、今後の生きざまに興味が出てくる。
  • 生命の神秘を感じる。
  • 透過された画像と色彩の深み、美しさが際立つ。
  • 生命体とその寄生体に関して、躍動感のある美しい画像である。
  • 色合い、精緻さは見事で芸術性が高い。
  • 形状、配色ともに美しい植物の中に、緑色の領域があることで、ユニークで目を惹く表現になっていると感じた。