高分子ナノ薄膜を活用した観察窓による生きた脳の超広範囲イメージング〜大脳皮質から小脳まで〜 拡大
高分子ナノ薄膜による観察窓を通じて、生きた脳の大脳皮質から小脳までの超広範囲の神経細胞を高精細に可視化した。
由来種
:マウス
器官・組織・細胞(株)名
:脳 / 神経細胞
染色・ラベル方法等
:黄色(YFP + 波長 527 nm):大脳皮質と小脳を含む頭頂部の神経細胞
顕微鏡の種類
:正立
観察手法
:多光子
対物レンズ
:4倍
作品画像取得年
:2023
高橋 泰伽 東京理科大学 先進工学部機能デザイン工学科 助教
高分子ナノ薄膜を活用した観察窓による生きた脳の超広範囲イメージング〜大脳皮質から小脳まで〜
2025 優秀賞

受賞コメント

高橋 泰伽
この度は NIKON JOICO AWARD 優秀賞に選定いただき、イメージングに携わる者として大変光栄に存じます。
審査員の方々には木や森、宇宙のような自然の風景を感じさせる点を評価して頂きましたが、私自身が脳内の神経細胞の織りなす美しさに感銘を受けて研究者となったこともあり、こうした画像を撮る機会を得られて僥倖に思います。
今後も、より美しい画をイメージングできるように研鑽に励みながら研究を進めていきます。

研究の概要

人間の脳が持つ高度な機能は、様々な脳領域に存在する細胞が協調的に活動することによって成り立っています。
例えば、運動を計画する大脳皮質1と、その動きを滑らかに調整する小脳2のように、複数の脳領域が連携して働くことで私たちはスムーズに体を動かし、日常生活を送ることができています。
したがって、脳の機能を解き明かすには、広範囲に存在する複数の脳領域に存在する細胞ひとつひとつを同時に観察できる計測技術が不可欠です。
近年、二光子励起顕微鏡法3によって、生きた動物の脳内に存在する個々の神経細胞4の形態や活動を観察できるようになりました。
一般的に、生きたマウスの神経細胞を二光子励起顕微鏡法で観察する際には、光の透過を妨げる頭蓋骨を透明なカバーガラスで置換して観察窓を作成する「オープンスカル法」が用いられます。
しかし、これまでの方法で作成できる観察窓の大きさは、直径 3 ~ 5 mm ほどでした。
これは、平らで硬いカバーガラスが脳の曲面に沿うことができないため、広範囲の頭蓋骨を置き換えた際に脳組織が圧迫されて、生体組織に深刻なダメージを与えてしまうことが理由でした。
これまでにこの課題を解決するため、曲げたカバーガラスや柔軟なシリコーンシートなどを用いて脳への圧力を減らした広範囲の観察窓の作成手法が報告されています。
しかし、いずれも成形済みの素材を用いており、比較的平坦な大脳皮質だけでなく複雑な表面形状と高い曲率を有する小脳を含めた頭頂部全域の超広範囲を光イメージングできる観察窓はありませんでした。
Taiga Takahashi, Hong Zhang, Masakazu Agetsuma, Junichi Nabekura, Kohei Otomo, Yosuke Okamura, Tomomi Nemoto.
Large-scale cranial window for in vivo mouse brain imaging utilizing fluoropolymer nanosheet and light-curable resin.
Communications biology. 2024, 7(232), doi: 10.1038/s42003-024-05865-8

用語解説

1.大脳皮質

思考や意思決定、感覚の統合など、高度な機能を司る脳の表面部分。
領域全体に神経細胞が分布しているため、広い範囲の神経細胞を一度に捉える技術が重要となる。
本研究では、開発した観察窓を用いることで、大脳皮質の頭頂部全域を可視化している。

2.小脳

脳の後方に位置し、運動の調整やバランスの維持、学習を担う領域。
表面が複雑に波打ち湾曲しているため、観察窓の作製が難しい。
大脳皮質と密接に連携しており、本研究による両領域の同時観察は、脳の仕組みを解明する上で大きな鍵となる。

3.二光子励起顕微鏡法

励起光の2つの光子を蛍光分子が同時吸収して励起状態に遷移する非線形光学現象を利用した蛍光顕微鏡法の一種。
従来の蛍光顕微鏡法と比べて、生体組織透過性の高い近赤外光を励起に用いることができるため、生体組織のより深い領域を低侵襲的かつ高分解能で観察できる。

4.神経細胞

生物の脳を含む神経系を構成する情報伝達を担う細胞。
細胞核を持つ細胞体、他の細胞から信号の入力を受ける樹状突起、他の細胞へ信号を出力する軸索によって構成される。
細胞の形態と信号伝達の活動の両方を可視化する研究が進められている。

5.ナノマテリアル

サイズがナノメートル(10-9 m)領域の材料の総称。
高分子や金属などを素材としており、薄膜や粒子など様々な形態で用いられる。
材料の表面積が大きくなるためにバルクの状態とは違った特性を示す。
医工学分野などで活用されている。

6.高分子ナノ薄膜

厚さ数十~数百nmの厚さをもつ薄い膜で、ポリマーを素材として作られたものを指す。
非常に薄いために高い透明性を持つとともに高い柔軟性も持っており、接着剤を使わず物理吸着だけで対象とする領域に貼り付けることができる。
そのため、生体組織の止血や炎症防止にも応用されている。

7.生体適合高分子PEO(polyethylene oxide)

コーティングした材料の水との親和性を高めることができる高分子材料の一種。
医療材料の親水性コーティングにも用いられる。
本研究では、ナノ薄膜の表面を親水化して湿潤な生体組織へのぬれ性と密着性を高める用途で使用した。

8.PEO-CYTOPナノ薄膜

生体脳組織のイメージング用に開発されたナノ薄膜。
高い光透過性、水の屈折率に近い屈折率(1.34)を有するフッ素系樹脂CYTOPを主な構成素材としている。
さらに、脳組織と接着する面には炎症抑制効果を持つPEOを修飾することで、生体組織への接着力を高めている。

9.光硬化性樹脂

特定波長の光を当てることで液体から固体へ硬化する樹脂。
本研究では紫外域の光で硬化する樹脂を利用することで、脳表形状にフィットした広範囲観察窓を作製した。
近年では3Dプリンターの材料としても活用されている。

10.蛍光タンパク質YFP

黄色い蛍光を発するタンパク質。
遺伝子導入で神経細胞に発現させることで生体内で細胞の形態や機能を可視化することができる。
本研究では、神経細胞の形態を広範囲で可視化し、長期的に追跡するために用いた。

11.マーモセット

小型霊長類で、脳研究で一般的に用いられているマウスやラットよりもヒトに近い高次脳機能をもつモデル動物として利用されている。
他の霊長類に比べ、繁殖しやすく世代交代も早いため、精神疾患や創薬の研究などでも活用が進んでいる。

12.光学収差

光の通り道にある屈折率差・形状差で像がぼけたり歪んだりする現象。
例えば、本研究で使用する光硬化性樹脂の屈折率と脳組織との屈折率の差が大きくなると、観察時に検出できる蛍光強度が下がり、解像度やコントラストが低下する。

13.深部観察能

生体組織の深部領域の観察できる度合い。
本研究では、大脳皮質は観察できているものの、更に脳深部にある海馬(大脳皮質の表面から1mm以上)は観察できていない。
深部観察能の改善には、光学収差を低減する、より長波長の光を利用するなどの方法が用いられる。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 大脳皮質から小脳までを生体のまま可視化しており、静止画でありながら脳活動の躍動が感じられる。
  • 森の木と光る緑を想起させて、目にも優しく心が安らぐ作品。
  • 一瞬森に迷い込んだ感覚を受ける作品。
  • 鮮やかで眩しいような緑色と有機的な曲線から、印象的な森林や葉脈のような印象を与えつつ、形状としては脳全体を写していることもわかる形状から好奇心を引き立てる魅力的な写真。
  • 緑の美しいグラデーションと神経細胞が、森林の樹木とリンクしている。
  • 脳に葉脈のようにはりめぐらされたシルエットが印象的で美しい。
  • 宇宙や真夜中の蛍の光を連想するような奥行き感ある美しさがある。