関節の三次元可視化が明らかにする血液関節関門の存在 拡大
全身循環する免疫学的物質が関節へ流れ込む瞬間を捉えた。
由来種
:マウス
器官・組織・細胞(株)名
:関節
染色・ラベル方法等
:マゼンタ(PV1-Alexa Fluor 488):有窓性毛細血管
シアン(CD31-Alexa Fluor 594):血管内皮細胞
黄色(FluoSphere Carboxylate-Modified Microspheres 540/560):全身循環するマイクロビーズ
顕微鏡の種類
:倒立
観察手法
:共焦点
対物レンズ
:40倍
作品画像取得年
:2024
長谷川 哲雄ケンブリッジ大学 医学部分子生物学研究所 Principal Investigator
関節の三次元可視化が明らかにする血液関節関門の存在
2025 最優秀JOICO賞

受賞コメント

長谷川 哲雄
この度は、栄誉ある最優秀 JOICO 賞に選出頂き、誠にありがとうございます。
私にとって関節とは、生き物の不思議が詰まった宝石箱のような臓器であり、その魅力を多くの方々と共有できることを大変嬉しく思います。
顕微鏡は、長い歴史・進化の過程を通じて各臓器がその機能を達成するために最適化してきた微細構造を覗き込む窓であり、これからも想像力を掻き立てられるような画像を撮影できるよう精進して参ります。

研究の概要

関節の痛みや腫れは、全身性の病気や他臓器の病態に高頻度に随伴する症状です。
自らの体を自らの免疫系が攻撃する自己免疫疾患においては、全身性エリテマトーデスや炎症性腸疾患など数多くの病気が関節炎を併発し、感染症においてもインフルエンザや扁桃炎に罹患した際に節々の痛みを自覚した経験は誰もがあると想像します。
従って、関節は全身性の炎症の存在を認識する「バロメーター」として機能している側面があるとも言えます。
しかし、なぜ関節はこれほど全身性疾患に対し高い感受性を有し、私たちは節々の痛みを頻繁に自覚するのでしょうか ?
関節には滑膜と呼ばれる関節腔1を覆う膜があり、関節軟骨の潤滑に関わるヒアルロン酸などの因子を分泌することで関節組織の機能・恒常性維持に貢献しています。
一方で、関節リウマチに代表される炎症性関節疾患では、滑膜は増殖し骨を破壊する原因になります。
これまで滑膜の解剖学的構造の評価には、関節の組織切片による二次元的な画像撮影が使われてきました。 しかし、滑膜が関節を三次元的に包み込む膜であることを想像すると、組織切片は滑膜上の一本の線を見ているに過ぎず、全体像の把握ができません。
私達は、滑膜の三次元構造を正確に理解するため、ホールマウント染色法3という手法を用いて滑膜全体を観察するシステムを構築し、これまで二次元でしか理解されてこなかった滑膜全体の微小構造を三次元で再定義し、「なぜ関節が全身性疾患に対して高い感受性を有するのか」という問いに取り組みました。
Tetsuo Hasegawa, Colin Y. C. Lee, Andrew J. Hotchen, et al.
Macrophages and nociceptor neurons form a sentinel unit around fenestrated capillaries to defend the synovium from circulating immune challenge.
Nature Immunology. 2024, 12(15), doi: 10.1038/s41590-024-02011-8

用語解説

1.関節腔

関節の骨と骨の間にある空間で、関節液(滑液)で満たされている。
滑液は摩擦を減らすと同時に、関節軟骨の損傷を防ぎ、関節の動きを滑らかに保つ役割を担っている。

2.免疫細胞

体内に侵入した病原体や異物を認識し、排除する役割を持つ細胞。
主な免疫細胞には、T細胞、B細胞、マクロファージ、好中球などがあり、それぞれが異なる方法で免疫反応を担う。

3.ホールマウント染色法

組織や器官を切片にすることなく丸ごと取り出し染色することで、臓器の立体構造や細胞の分布を三次元的に観察する方法。

4.開窓性毛細血管

連続性毛細血管は、内皮細胞が密に接着し、主に筋肉、皮膚に分布する。
一方、有窓性毛細血管は内皮細胞に小さな孔が開くことで物質の透過性が高く、腸管、腎臓、脈絡叢、内分泌腺などに存在する。
肝臓や脾臓に見られる非連続性毛細血管は、内皮細胞間の結合が部分的に緩やかで細胞間隙が存在する。

5.蛋白質 PV1

PV1(Plasmalemmal vesicle associated protein)は、主に有窓性毛細血管の内皮細胞に発現し、脈絡叢、腸管、内分泌腺、腎臓などに分布する。

6.免疫複合体

抗体が抗原と結びついて形成される構造物で、体内の異物を認識・中和する。
病原体を効率的に除去する役割を果たす一方、過剰に形成されると様々な自己免疫疾患の原因になる。

7.マクロファージ

マクロファージは免疫系の重要な細胞で、異物や病原菌を飲み込み、排除する役割を持つ。
また、炎症反応を調節し、組織の修復にも関与している。
各組織に常在しているが、一部は血液中の単球が組織に移行してマクロファージへと分化する。

8.Fc受容体

Fc受容体は、抗体のFc領域と結合する細胞表面の受容体。
Fc領域は抗体の定常領域で、免疫反応に関与する。
Fc受容体は、マクロファージなどの免疫細胞に存在し、抗体と結びついた抗原を認識して貪食や免疫応答を引き起こすことで、病原体の排除や免疫の調整が行われる。

9.末梢神経

中枢神経は脳と脊髄で構成され、情報の処理、統合、運動制御などを担当する。
一方、末梢神経は感覚神経と運動神経に分かれ、運動神経は中枢神経から全身の筋肉へ信号を伝達し、感覚神経は感覚器官からの信号を中枢神経へ伝える役割を果たす。

10.痛覚神経

痛覚神経は、外的刺激や損傷が引き起こす痛みを感知し、脳に伝える末梢神経である。
これらの神経は、皮膚や内臓などに分布し、痛みを感じるための受容体を発現している。

11.神経終末

感覚神経の神経終末は、外部の刺激(痛み、温度、圧力など)を受け取り、神経インパルスに変換する部分である。
これらの神経終末は皮膚や臓器に分布し、感覚情報を中枢神経系に伝える役割を果たす。

12.サイトカイン

サイトカインは、免疫細胞同士が情報を伝達するための小さなタンパク質で、免疫応答の調整に重要な役割を果たす。
インターロイキン(IL)はその一種で、炎症を促進するIL-1やIL-6や、免疫反応を抑制するIL-10が存在する。

13.神経ペプチド

神経ペプチドは、神経細胞が分泌する小さなタンパク質で、神経伝達や調節に重要な役割を果たす。
一方、免疫応答とも密接に関連し、免疫細胞の活性化に関わることで痛みや炎症の制御に影響を与える。

14.血液関節関門(Blood Joint Barrier:BJB)

関節内の血管と滑膜との間に存在する組織構造で、有窓性毛細血管とその周囲を包み込むマクロファージ、痛覚神経から成る。
血液中の物質が有窓性毛細血管から関節組織へ漏れ出る際に、マクロファージが取り込み痛覚神経と相互的に連関することで、炎症因子が過剰に関節組織に入り込むことを制御し、関節の健康を守る。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 顕微鏡写真がまるでモダンアートのようであり、近未来的なものが感じられる。
  • 血液関節関門の発見は意義深い。
  • 画像化により明らかにできた学術的に高い研究成果である。色とりどりの血管は、花火のような動く光源の長時間撮影のようである。
  • 深海の海藻や珊瑚礁が放つ光のようで美しい。
  • 無秩序に絡み合う線は繊細でありながら躍動的で、補色関係の美しい色彩と相まって迫力がある一枚。