植物で篩部が作られる仕組み 拡大
突然変異体と遺伝子操作植物の
顕微鏡観察により、
篩部形成の仕組みが明らかになった。

由来種         :SUC2 promoter::GFP-GUSとENODL9 promoter::ENODL9-mScarletIを発現するシロイヌナズナ
器官・組織・細胞(株)名:
染色・ラベル方法等   :シロイヌナズナ
             緑:SUC2 promoter::GFP-GUS、伴細胞
             マゼンタ:ENODL9 promoter::ENODL9-mScarletI、篩管
             グレー:SCRI Renaissance Stain 2200、細胞壁
観察手法        :共焦点、倒立
対物レンズ       :60倍
作品画像取得年     :2022

Qian and Kakimoto
Pingping QianInvited faculty, Researcher / Graduate School of Science, Osaka University / Graduate School of Science, Kobe University
柿本 辰男大阪大学大学院理学研究科 教授
植物で篩部が作られる仕組み
2023 特別賞

受賞コメント

丸山 美帆子

(左:柿本 辰男、右:Pingping Qian)

〈Pingping Qian〉
I am deeply honored to receive this special prize of the NIKON JOICO AWARD with Prof. Tatsuo Kakimoto.
Numerous groundbreaking scientific discoveries have stemmed from the genuine and reliable observations.
In the past decades of plant research, the vasculature has remained a challenging and underexplored aspect of plants due to its inaccessibility and inherent complexity.
Through meticulous microscopic observations, we have successfully bridged a significant gap in our understanding of phloem development in root primary growth.
This accomplishment marks a promising start for delving into the molecular mechanisms underlying the entire process of plant vascular development and patterning.
I aspire for our research to serve as a valuable theoretical guide for future advancements in crop breeding.
〈柿本 辰男〉
植物の維管束には木部(道管)篩部(しぶ) 1配置で作られ、それぞれ、水と光合成産物をみごとな方法で運びます。 篩部は篩管と伴細胞から構成されています。
私たちは篩部を分化させる仕組みと、篩部の周辺を篩部にしない仕組みを明らかにすることができました。
本成果は多くの人が取り組んだ10 年以上にわたる研究によって明らかにできたものですが、Qian 博士が残された多くの謎を解き明かしました。

研究の概要

私達が目にする陸上植物の大部分(コケ類、藻類以外の植物)は維管束植物です。
維管束に含まれる組織の主体は、水を運ぶ管である木部(道管)と光合成産物を運ぶ篩部です。
進化の上で維管束が生まれたことで植物が地上に繁栄できたわけです。
ここでは、篩部の発生制御の包括的理解が進みました。
篩部はとても不思議な細胞からできています。
篩部の中でも栄養分を通す部分は篩管です。
管と言っても、細胞の中身が細胞上下の小さな穴を介して一列につながったものであり、構成細胞は核を無くしますが細胞内小器官はあって生きています。
この中を30%くらいにまでなるショ糖などを含む液が流れていきます。
篩管の細胞の隣の伴細胞が、小さな原形質連絡と呼ばれる連絡孔を介し篩管構成細胞の生存を支えるとともに篩管液の流れの原動力であるショ糖勾配を作ります。
このように不思議な魅力を持つ篩部ですが、篩部形成の仕組みについては良くわかっていませんでした。
phloem-Dof 転写因子が、篩部細胞の発生制御の転写ヒエラルキーの最上位に位置し、これが篩部形成に必要十分であることを示しました。
さらに、phloem-Dof は、篩部形成を抑える分泌性シグナル分子CLEをコードする遺伝子をも直接活性化することで周りの細胞が篩部になるのを抑制して維管束の細胞パターンを作り上げることを見出し、その抑制の分子機構も明らかにしました。
Pingping Qian, Wen Song, Miki Zaizen-Iida, Sawa Kume, Guodong Wang, Ye Zhang, Kaori Kinoshita-Tsujimura, Jijie Chai, Tatsuo Kakimoto.
A Dof-CLE circuit controls phloem organization.
Nature Plants. 2022, 8(1), doi: 817-827

用語解説

1.篩部

維管束植物の栄養分を運ぶ通路である篩管と、栄養分の積み込みと積み下ろしに関わる伴細胞からなる組織。
篩管は篩要素と呼ばれる細胞が小さな穴で縦に連絡していて、篩管液が移動する。
篩要素は分化の過程で核を失うが、側方に存在する伴細胞からタンパク質等を送り込まれることにより、生命活動を維持している。

2.マイクロアレー

ほぼ全遺伝子についてmRNA の量を定量する方法のひとつ。
最近はRNAシークエンスに取って換わられている。

3.転写因子

DNA 配列を認識してゲノムDNA に結合し、標的遺伝子の発現を制御するタンパク質。
多くの場合、一つの転写因子が複数の遺伝子を制御する。
転写因子により、標的遺伝子の発現を促進するもの、抑制するもの、状況により促進も抑制もするものがある。

4.Dof

植物に特有の一群の転写調節因子。シロイヌナズナには36個存在し、様々な生理機能に関与する。

5.篩部前駆細胞

篩部への運命が決まった未分化細胞。

6.CLE ペプチド

植物における分泌性情報伝達ペプチドで、ペプチドごとに様々な生理機能が知られている。
遺伝子にコードされたペプチドから12-14 アミノ酸残基の成熟型ペプチドとして切り出される。
最初に見つかったCLV3 はプロリンの一つが糖鎖修飾されることがわかっている。

7.BAM-CIK 受容体複合体

細胞外にロイシンリッチ反復配列からなるシグナル分子受容ドメインを持ち、細胞内にリン酸化酵素ドメインを持つ受容体タンパク質。
私たちの発表では、CLE ペプチドがBAM3とBAM1の細胞外ドメインに結合する時の親和性も報告している。
CIKは受容体よりも小さな細胞外ロイシンリッチ反復配列ドメインと、細胞内セリン・スレオニン リン酸化酵素ドメインから成り、BAM受容体と共に複合体を作っている。
CLEを受容すると、CIKとBAMはお互いにリン酸化し合う。

8.正のフィードバック

正のフィードバック(ポジティブフィードバック)システムとは、出力の一部を自身への入力にフィードバックして加算するシステムである。
正のフィードバックは多細胞生物の細胞運命決定においてよく用いられる仕組みであり、細胞がある運命へと分化決定の過程が進むとその過程を強化するような情報処理の仕組みが発動する。

9.側方阻害因子CLE25, 26, 45

側方阻害は多細胞生物のパターン形成において良く用いられる仕組みであり、ある細胞で運命が定まれば、その周辺細胞に向けて同じタイプにならない様にシグナルを送る仕組み。
CLE25, 26, 45 はその様なシグナル分子であることを見いだした。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 光合成産物を運ぶ篩管(マゼンタ)と隣の伴細胞(緑)の蛍光画像で、篩部形成に重要な遺伝子を解明した興味深い論文である。
  • 学術的に価値ある研究成果である。芸術的にも美しい色のコントラストと、ミステリアスな雰囲気を含んだ造形が美しい。
  • 画像から、緑の羽を持つ蝶が2 羽いるようにも見える不思議な世界観が感じられる。
    植物の内部構造形成メカニズムの一部を解明した素晴らしい研究。
  • ピンク1 つと緑2 つの細胞が一つの塊として点在している姿が愛らしい。