平衡感覚受容時の細胞応答の可視化に成功し、
傾斜や動きの向きや動き方が異なる場所の細胞によって
受容されることがわかった。

由来種         :ゼブラフィッシュ
器官・組織・細胞(株)名:耳石器官 1(卵形嚢 2
染色・ラベル方法等   :緑色蛍光カルシウムセンサーGCaMP/ 赤色蛍光タンパク質tdTomato
             遺伝子組換え系統
             赤色蛍光強度に対する緑色蛍光強度の比の変化率で細胞応答を表示。
             再生速度:傾斜応答は4 倍速、振動応答は2 倍速。
観察手法        :蛍光、共焦点
対物レンズ倍率     :40倍
作品画像取得年     :2020

谷本 昌志自然科学研究機構・基礎生物学研究所 神経行動学研究部門 助教
対物レンズ傾斜顕微鏡が可視化した耳石器官の平衡感覚受容メカニズム
2023 特別賞

受賞コメント

谷本 昌志

谷本 昌志

この度はNIKON JOICO AWARD 特別賞に選出していただき、大変光栄に思います。
独自に構築した顕微鏡装置で与えた傾きや振動という平衡感覚刺激に対して、神経系の細胞が反応する様子をライブイメージングで可視化することができました。
顕微鏡装置の動きに応じて細胞が応答する映像を評価していただいたこと、多くの方に見ていただけることを嬉しく思います。
本研究に関わってくださった方々に感謝申し上げます。
これからも発見と感動を共有していけるよう研究を進めていきたいと思います。

研究の概要

脊椎動物の内耳3 には前庭器官があり、頭部の傾きや動きの平衡感覚情報を脳へ伝達します。
重力や頭部運動によってもたらされる力によって感覚受容細胞である有毛細胞4の感覚毛の機械受容チャネルが開き、陽イオンが有毛細胞内へ流入することで頭部の傾きや動きが生体電気信号へと変換され、前庭神経(前庭神経節ニューロン 5)を介して脳へ情報伝達されます。
感覚毛は短いものから長いものまで階段状に整列しており、それぞれの毛先はTip linkと呼ばれる紐状のタンパク質で隣の感覚毛とつながっています。
毛が短い側から長い側へ倒れたときに張力が大きくなって機械受容チャネルが開くため、感覚毛の並び方(極性)によって有毛細胞の方向選好性(どちらの方向の動きに大きく応答するのかを表す性質)が決まります。
耳石器官では、感覚毛の極性が近隣の有毛細胞同士で似た方向、かつ少しずつ異なっており、様々な方向の平衡感覚刺激を受容すると考えられています。
しかし、内耳の中にある有毛細胞の活動を頭部運動中に調べることは極めて難しく、個々の有毛細胞が頭部運動中に生体内でどのように活動するのか調べられていませんでした。
私たちは、頭部の傾斜や振動中に神経活動を計測することを可能にする「対物レンズ傾斜顕微鏡」を作製して、生体内イメージングによる神経活動の可視化を試みました。
組織の透明度が高く体長4 mm ほどの小さなゼブラフィッシュ仔魚の内耳をイメージングすることで、頭部傾斜・振動中の神経活動を可視化することを目指しました。
Tanimoto M*, Watakabe I, Higashijima S*.
Tiltable objective microscope visualizes selectivity for head motion direction and dynamics in zebrafish vestibular system.
Nature Communications. 2022, 13(7622), doi: 10.1038/s41467-022-35190-9

用語解説

1.耳石器官

内耳にある平衡感覚(前庭)器官のひとつ。有毛細胞群を含む感覚上皮組織の上に繊維状の膜や平衡砂(耳石)が載っている。
耳石の主成分は炭酸カルシウムで周囲の体液より密度が大きいため、頭の動きによって有毛細胞との相対位置がずれて、有毛細胞の感覚毛が倒れて機械受容チャネルが開き、重力に対する頭の傾きや直線的な加速度が感知される。

2.卵形嚢

耳石器官のひとつ。卵形嚢の感覚上皮組織はおおよそ水平面に配置されている。
そのため、卵形嚢は頭の水平面の加速度や傾きを受容する。
この卵形嚢はゼブラフィッシュ仔魚において平衡感覚(姿勢の保持)に必須であることがわかっている。

3.内耳

脊椎動物の耳の最も内側の部分であり、聴覚器官と前庭器官がある。

4.有毛細胞

内耳の聴覚器官や前庭器官、魚類や水棲両生類の側線器官に存在する感覚受容細胞。
頂端部には階段状に長さが異なる感覚毛があり、隣同士の毛は紐状のタンパク質で結ばれている。
機械刺激によって毛が倒れると機械受容チャネルが開口し、刺激が受容される。

5.前庭神経節ニューロン

前庭器官の有毛細胞から信号を受け取り脳へ伝達する神経細胞。

6.球形嚢

耳石器官のひとつ。卵形嚢と同じく、傾きや振動を受容する。
ただし、感覚上皮組織の配置が卵形嚢と異なり、おおよそ垂直面に配置されており、また、有毛細胞の方向選好性のパターンも卵形嚢と異なっている。
そのため、球形嚢は頭の垂直面の加速度や傾きを受容する。

7.スピンディスク共焦点スキャナ

細胞組織の蛍光イメージングに用いられる装置。
ディスク上に配置された多数のピンホール孔を通る励起光によって試料内の蛍光物質を励起する。
ディスクが回転しながら試料を走査することで、焦点面から発する蛍光像をカメラへ投影して蛍光断層画像を高速で取得することができる。

8.蛍光タンパク質Kaede

ヒユサンゴ(Trachyphyllia geoffroyi)から発見された蛍光タンパク質。紫(外)光の照射によって緑色から赤色に蛍光色が変化する。
紫(外)光を照射する場所や時間を任意に設定することで、細胞集団の一部だけをラベルして詳しく調べることができる。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • インタラクティブな見せ方が面白い。刺激に反応する生命体のようでもあり、宇宙の星雲のようでもある。
  • 緩やかに変化する光の点滅が神秘的で美しい。
  • レベルの高い研究成果である。
  • 頭部の傾きの違いを、有毛細胞が感知する様子を可視化した仕事でとても興味深い。
    教科書で書かれていることであるが、ライブイメージングで示せた点はインパクトがある。
  • 平衡感覚受容の脳内メカニズムの一端を明らかにした重要な研究。
  • とてもユニークな測定系を構築している。