ヒメツリガネゴケ 1(野生株)茎葉体
サンプル詳細:DNA 染色色素 Kakshine PC3 による生体染色
観察手法 :FLIM(蛍光寿命イメージング)・倒立
観察倍率 :93x
撮影年 :2021
顕微鏡データ:静止画
佐藤 良勝
学名はPhyscomitrium patens。コケ植物蘚類の一種で、2008年にゲノムが解読された。高効率で相同遺伝子組換えによる形質転換が可能な陸上植物である。
Fluorescence Lifetime Imaging(FLIM) 蛍光分子が光により励起されてから蛍光を発してもとの状態に戻るまでの時間を計測しマッピングする方法。蛍光波長の強度による解析の欠点を補うイメージング手法として注目されている。
もともとは探針や探査機という意味であるが、イメージング分野においては分子の局在や量を測定する分子ツールのことを指す。
イメージングを行う際、紫外線などの短い波長を強い光量で用いたときに生じる細胞へのダメージを言う。
1つの蛍光分子が1つの光子を吸収して発した蛍光を検出する通常の蛍光顕微鏡観察に対し、二光子励起では1つの蛍光分子が2つの光子を同時に吸収して励起される。通常の蛍光観察で使用する波長の約2倍程度長い近赤外領域の波長を使用するため、生体深部イメージングに用いられている。
STED顕微鏡は、誘導放出抑制(STED:stimulated emission depletion)を利用した超解像顕微鏡法の1つ。誘導放出とは、励起状態にある分子に対して外部から光子を加えると、入射光と同じ位相、周波数、進行方向の光が放出される現象であり、レーザー(LASER:Light Amplification Stimulated Emission of Radiation)の光増幅にも応用されている。
顕微鏡下で生体サンプルを生きた状態で観察すること。
1本鎖の核酸配列内の相補的なヌクレオチド配列の塩基対形成 によって生じるヘアピン状構造のこと。
植物で初めて全ゲノム配列が解読されたアブラナ科の植物であり、ゲノムサイズが小さい、世代が短い、個体サイズが小さく栽培が容易であることなど、研究材料として優れていることから、モデル植物として研究者に広く利用されている。
光は波としての性質をもち、回折現象が見られる。顕微鏡などの光学系において光の回折現象が原因となる分解能の理論的な限界を「回折限界」と言う。
ミトコンドリアのDNAがタンパク質と結合して折りたたまれた構造体のこと。
Q1 Kakshine PC1は1つの色素で核、ミトコンドリア、色素体(葉緑体)を染色し ますが、なぜ濃度依存的に染色することができるのでしょうか。また染色された場所で、蛍光寿命が異なるのはなぜですか。
Kakshine は正に荷電したカチオン性の DNA 染色色素です。カチオン性の分子は膜電位により負に帯電した膜の内側 に蓄積しやすい性質を持つため、核内よりも膜電位の強いミトコンドリアや色素体内に集積しやすくなります。また、核内 の DNA とオルガネラ DNA とでは Kakshine 分子が結合しうる DNA 領域の量が大きく異なります。 核、ミトコンドリア、 色素体における Kakshine の蛍光寿命の違いは、このような膜電位による蛍光分子の蓄積しやすさと DNA 量の違いに よる Kakshine の凝集状態を反映しているものと考えられます。 実際、一定濃度のプラスミド DNA 存在下において、 Kakshine の蛍光寿命は濃度上昇に伴い短くなることが分かっています。 核内における Kakshine の蛍光寿命も同様で あり、Kakshine の濃度上昇に伴い短縮し、高濃度ではミトコンドリア DNA における蛍光寿命に近づくことも分かりました。
Q2 Kakshine PC3を用いて観察されたミトコンドリア核様体構造。ミトコンドリア核様 体は、 数、 形状など何が正常を維持するのに重要なのかイメージングでわかったこ とはありますか ? また核様体をライブイメージングできたことで、今後期待すること はなんですか ?
ほとんどの哺乳類のミトコンドリア核様体には mtDNA が 1 コピーだけ含まれていることが証明されており、主要な構成タン パク質としてミトコンドリア転写因子 A(TFAM)が知られています。クローン化した mtDNA にリコンビナント TFAM タンパク質を混合させた実験により、TFAM 単独で mtDNA を圧縮させることできることから、TFAM はミトコンドリアの数や 形状を制御する重要な因子であると考えられています。 今後は、これらの分子機能の解析を生きている細胞内で解析するツールとして、ミトコンドリア内膜を可視化する「MitoPB Yellow」(2019 年に NIKON JOICO AWARD 特別賞受賞)や Kakshine などを活用し、ミトコンドリアダイナミクス研究の発展を期待したいです。
Q3 Kakshine はじめ、蛍光色素は生命現象を解き明かしていくうえでも必要不可欠な ツールです。Kakshine という画期的な蛍光色素を開発する際、見たいものを見る、 からスタートするのか、それとも、偶然得られる成果なのでしょうか。あわせて今後先生が挑戦されたい蛍光色素とはどのようなものか教えてください。
仰っしゃるとおり、蛍光色素はまさにライブイメージング研究において不可欠な研究ツールです。 特に有機合成小分子は、 染色してすぐに観察できる長所があります。しかし、市販の蛍光色素の中には適用できる細胞種が動物培養細胞に限定 されるなど細胞透過性に課題のある色素もあります。 特に植物細胞に適用できる蛍光色素は限られています。私は植物 科学者として、植物細胞に適用可能な蛍光色素の開発に興味があります。Kakshine の成果が戦略的なのか偶然なの かという点に関しては、半分半分といったところでしょうか。構造的に新規な長波長蛍光性の DNA 結合色素を開発しよ うというところは、Kakshine シリーズ全ての合成を行った宇野何岸氏(当時大学院生)との共通の認識でした。 一方、調べれば調べるほど従来の DNA 結合色素よりも優れた特徴を見出すことができたのは幸運(偶然)であったと思います。そして、このような幸運を呼び寄せることができたのは、支援センター所属の私を含め誰もが分野の垣根を超えて自由なチャレンジができる ITbM であったからと思います。 恵まれた環境にいることに感謝し、今後も戦略の先にある偶然にも期待して、植物科学に資する色素の開発を進めたいと思います。