マウス精巣上体頭部 拡大
精子の成熟に必須な分泌プロテアーゼOVCH2の
発現を可視化したことで、精巣上体による
精子成熟の分子メカニズムが明らかとなった。

マウス精巣上体頭部

サンプル詳細:青:核(Hoechst 33342)
      :緑:F アクチン(Alexa Fluor 488 標識ファロイジン)
      :赤:OVCH2(一次抗体:抗 OVCH2 抗体(ウサギ)、
         二次抗体:Alexa Fluor 546 標識抗ウサギ IgG)
観察手法  :倒立顕微鏡・蛍光 観察倍率 : 20x
撮影年   :2020
顕微鏡データ:顕微鏡データ :静止画

淨住 大慈大阪大学微生物病研究所 遺伝子機能解析分野 助教
マウス精巣上体における分泌プロテアーゼOVCH2 の発現
2021 優秀賞

受賞コメント

淨住 大慈

淨住 大慈

この度はNIKON JOICO AWARD 優秀賞に選んでいただき大変光栄です。

精子成熟を担うプロテアーゼOVCH2を免疫蛍光染色したことで、これまで 組織学的な特徴を見出しづらかった精巣上体に、精子成熟をさせるという生理機能を可視化することができました。

同時にそこに浮かび上がってきたのは受精を確かなものに約束する生体システムの絶妙さであり、生命と生殖の神秘を改めて実感させてくれる美しさでした。

研究の概要

精巣で作られたばかりの精子は受精能力を有していません。これは精子を成熟させる機能が精巣には備わっていないためです。 精巣で作られた精子は、精巣上体へ送られ、「成熟」することで受精能力を獲得します。 これまで、精子形成機構は盛んに研究されてきましたが、精巣上体における精子の成熟機構についてはほとんど研究が進んでいませんでした。 本論文では、精巣から分泌されるNELL26というタンパク質がルミクリン7という機構で精巣上体を刺激して分化誘導し、精子の成熟機構をオンにしていることを見出しました。 分化した精巣上体はプロテアーゼ OVCH2を分泌し、これが精子表面に作用することで精子の成熟を制御していることを明らかにしました。 精巣上体による精子成熟の制御機構を明らかにしたことで、本研究の成果は不妊症の病因解明に新たな視点を加えました。
Daiji Kiyozumi, Taichi Noda, Ryo Yamaguchi, Tomohiro Tobita,
Takafumi Matsumura, Kentaro Shimada, Mayo Kodani,
Takashi Kohda, Yoshitaka Fujihara, Manabu Ozawa, Zhifeng Yu,
Gabriella Miklossy, Kurt M Bohren, Masato Horie, Masaru Okabe,
Martin M Matzuk, Masahito Ikawa
NELL2-mediated lumicrine signaling through OVCH2 is required for male fertility.
Science. 2020, 368(6495), doi: 10.1126/science.aay5134.

用語解説

1.精巣上体頭部

精巣上体のうち最も精巣に近い側から、頭部、体部、尾部と呼ぶ。精子の成熟は主に精巣上体頭部が担っており、精子に作用する様々な因子が発現している。

2.OVCH2

精巣上体に発現する分泌プロテアーゼであり、OVCH2の発現は精巣から分泌されるNELL2によって制御されている。OVCH2は精子表面のADAM3に作用することで精子の成熟に必須の役割を果たしている。

3.分泌プロテアーゼ

細胞の外へと分泌され、そこで蛋白質を切断する酵素。非特異的にタンパク質を分解するタイプと、特定の基質のみを切断するタイプとがある。特に後者の基質となるタンパク質は切断によって分子機能が制御されることが多い。

4.精巣上体

精巣で作られた精子の成熟、輸送、貯蔵を担う器官。高度に折りたたまれた上皮性管腔であり、その引き伸ばすと長さはマウスでは1m、ヒトでは4-5mにもなる。

5.精子成熟

精巣で作られたばかりの精子には泳いだり卵と受精する能力がない。この未熟な精子に何らかの変化が生じて受精に必要な能力を獲得すること。精子成熟は精巣上体が担っている。

6.NELL2

精巣で作られる分泌タンパク質。精巣上体がOVCH2を発現し精子を成熟させる機構を制御しており、精巣上体に発現する受容体ROS1に結合する。NELL2を欠くと精子成熟機構がオンにならず、精子が成熟できなく なり雄は不妊となる。

7.ルミクリン

分泌因子が管腔を通じて分泌送達されること。ルミクリンによって分泌因子は発現部位から離れたところまで作用することができる。

8.上皮性管腔

上皮細胞が作るシート状組織がさらに管状構造となったもの。精巣上体や卵管などの生殖器官だけでなく、消化管、腎臓、分泌腺など体の中にはさまざまな上皮性 管腔がある。

9.ADAM3

精子の細胞表面にある膜タンパク質。精子の成熟に不可欠であり、ADAM3を欠損するマウスもまた精子成熟不全によって不妊となる。

10.前駆体型ー成熟型

多くのタンパク質は必要とされるとき以外は機能しないように不活性な前駆体型として作られる。前駆体はプロテアーゼによる部分切断のような翻訳後修飾を受けること で成熟型に変換され、はじめて分子機能を発揮する。

11.プロセシング

タンパク質に分子構造の変化を伴う何らかの処理が施されること。多くの場合はプロテアーゼによる切断を意味する。

Q & A

Q1 精巣上体が精巣を成熟させるメカニズムに着目した理由はなんですか?またどのようにOVCH2がそのメカニズムに必須であることを発見されたのでしょうか?

精巣上体による精子成熟メカニズムについてはこれまでほぼブラックボックスでした。精巣で発現するNELL2のノックアウトマウスの不妊の原因を調べると、精巣上体において、本来プロセシングされるべき精子タンパク質に異常が生じていることを見出しました。この知見から、精巣がNELL2を通じて精巣上体の精子成熟機能をオンオフ制御していること、そして精子成熟機構の実行役は恐らく分泌プロテアーゼであることがわかり、NELL2によって制御されるプロテアーゼを探索した結果OVCH2がプロセシングに関与していることを発見することができました。

Q2 OVCH2の発現、また制御メカニズムでわかっていることはありますか?

OVCH2のが発現しているのは、精巣上体の中でも精子成熟を担う頭部に特異的です。この精巣上体頭部でのOVCH2の発現は、精巣で作られるNELL2によるルミクリンシグナル伝達によって、厳密に制御されています。精巣で発現するNELL2の量は動物が性的に成熟する思春期に上昇しますので、精巣上体頭部におけるOVCH2の発現も、精子の成熟にとって必要なタイミングでのみ発現が誘導されるよう巧妙に制御されています。

Q3 精巣上体が管腔構造、かつ高度にコイル化した構造をとることと、この精巣上体内で2週間かけて精子の成熟プロセスが進むことは何か関係があるのでしょうか?

精子はいったん作られたあとは自分自身を自律的に成熟させることができないため、外部の環境の助けを必要とします。この精子成熟のための外部環境を提供しているのが精巣上体です。一日に数千万から一億個もの精子が精巣で作られ次々と送り出されますが、これら大量の精子をじっくりと時間をかけて確実に成熟させるために精巣上体は長くなり、またそれをコンパクトに納めるために高度にコイル化したのではないでしょうか。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 極めて高い学術性。精子形成における重要な発見である。映像としても魅力的。
  • 学術的に、精子の成熟化のメカニズムを解明した素晴らしい研究成果である。また芸術面においては、幾何学性、集合性、神秘性を感じられる。なにかジブリ作品の様な雰囲気もあるといえる。高い学術性と芸術性の両方を兼ね備えた非常に素晴らしい作品であるといえる。
  • 生物の美しさとサイエンスを兼ね備えている。
  • 緑と紫の色味の対比と形状が独特の世界観を出しており、面白い。